――次に、いま医師を目指されている方へメッセージを伝えるとすればどういったことになりますか。

高田:大学での勉強をまずしっかりするのが大切だと思います。大学でいろんな勉強をしたことはすべて臨床の現場で役に立ちます。そこが一番なんですね。で、空いた時間でぜひ、民医連の病院でいろんな実習をする中で、より患者さんの社会的な背景や、患者さんの置かれてる状況を実際に見るのも大事じゃないかなと思います。

――先生は現在20年目。どういった医師になっていきたいかっていう夢は?

高田:そうですね。どういった医者になりたいかっていうのは、なかなか難しい問題ですよね。僕自身がまだまだ発展段階だと自分で思ってるんですね。ですから、毎日の患者さんの診察で、「今日はこの所見が取れるようになった!」と思うときもありますし……。ほんと発展段階ですので、やっぱりこういう成長し続けるという姿勢をずっと持続できる医者ですかね。何かモデルがあってってわけじゃないんですけど、一番患者さんにとっていいのは、診察だけで診断が付くとか、絶対誤診をしないとかって、そういう医者がいいに決まってるんですけども、でも、20年間やってきてそれはほんとに難しいなと思ってます。

――なるほど。

高田:ですから、やっぱり発展し続ける医師像を忘れないというのが僕の目標だと思ってます。


高田:「おお!なにしてんの!?」
この人が実家理論を最初に提唱した平元先生です。

ここで期せずして、「実家理論」の名付け親でもある鹿児島医療生協病院の平元先生が偶然にも「ヒョコッ」と帰省がてら“実家”である病院に帰ってこられた。ここからは平元先生も交えて話を聞いていく。

高田:おお、びっくりしたわ(笑)。

――くしくも、いま実家理論がぴったり当てはまりましたね。

平元:いや、私、夏休みで“実家”に帰ってきました(笑)。
高田:ああ、そうか夏休み。こういうふうにですね、ひょこっと来るわけですよ(笑)。

――せっかくですから、実家理論の提唱者である、平元先生にもちょっとお話をお伺いしたいんですが。

高田:せっかくやから(笑)。

――平元先生がこちらで実家理論を始めて提唱されたということなんですが、宮崎生協病院での「研修」を一言で表すと、どういったような言葉に?

平元:一言で言うと、アットホームだと思うんですけどね。

――それ、くしくも高田先生と全く同じですね(笑)。

平元:えっ、本当ですか(笑)でも、やっぱりそれはね、小ぢんまりとまとまるという意味ではないんですよね。いろんな困難や、いろんな局面っていうのは、どの病院に行っても現れるんですけども、そのときに、独りぼっちじゃないっていう思いをずっと持たせる、そういう病院がいいんじゃないかなって。僕も20年以上医師をやってきて、そういう結論の中に立ったんですよね。で、こんなちっこい病院ですけど、私、5月の末でここ終わって鹿児島の生協病院に行ったんですけれども、その直前まで5月の連休なんかも、ちっちゃい病院ですから一人で当直をしたんですね。けど、その時非常に困った患者さんがいて、夜、自分の当番の時に一人の先生に相談して、で、もう何か心配で別の先生にも相談。気が付いたら、医局の3分の2ぐらいが夜中の12時に集まってくれてたんですね。最後の最後までやっぱりみんなが「アットホーム」に支えてくれて、みんなの温かい気持ちっていうのが伝わる、そんな感じだったんですよね。でも、これ、大きな病院では意外と感じにくいところで。こんな小さな病院だけれども、団結すれば、大きな病院にも負けないぐらいの力が発揮できるって思いましたね。今日も夏休みで、来るつもり全然なかったんですけれども、寄れんこともないなと思って来て。来たらついつい、やっぱり医局に寄ってしまいますよね(笑)。僕の在任中も、他の研修医の先生が休みで帰ってくると、必ず病院に寄ってくれて。寄ってくれるだけではなく、「ちょっと手が足りないんです」っていうと、そうすると採血に行ってくれたり、手伝ってくれたり(笑)。僕は田舎の出身ですけど、周りに農家が多いんですよね。そこでは実家に帰ってくるとみんな田植えを手伝うんですね。日ごろ、役所に勤めてるような人も家の手伝いをするんですよね。ちょうどそんな感じなんですね。

――実家の手伝い理論(笑)

平元:そう、実家の手伝い理論(笑)。でも、それがこの自分たちの“家”(病院)を大きくしていこう、いい病院にしていこうという思いにつながっていくんで。ただ単に、自分の技術を獲得する場だけじゃなくて、一緒になって、この病院をつくるという姿勢。これはたぶん、臨床研修目標の中には入ってないんですけれども、やっぱり、自分の病院をつくるという、そういう気概を持つことが大切なんじゃないかなって思うんです。
高田:いやあ、来てくれてよかった(笑)。
平元:いやいや、先生がメールでお土産を買ってきたって書いてあったから、取りに帰って来たんですよ。“実家”に(笑)。