――なるほど。

佐田:多分、一言で言うと、大体そうかなと。あとは、よく言われるのが、やっぱり疾患とか、病気を治して、はい終わりじゃなくて、大牟田ってすごく高齢者が多くて、独居老人とか、認知症のご夫婦とか、本当にこの人たちだけで生活してて大丈夫なのか?っていう世帯がやっぱり多いんですね。そういう方がメンタルとかですね。病気は治って、もう退院できますというときに、そういう退院されたときにどうしましょうとか、この人たちは生活できるのだろうかとか、そういうところの調整はかなり米の山病院は積極的にやってるわけなんですね。

――退院後もその方を丸ごと診る。ただ、単純に目の前の患部だけを診るんではないんだというような考えを研修医の方に伝える難しさっていうのは感じられてますか?

佐田:たしかに、そこまでの指導というのは、まだ行き届いてないかもしれない。そういうところは課題かもしれません。自然と、そういうふうに帰れるか、帰れないか。こういうことにどういうことがあったら、この人が帰るために必要なのかっていうところでは、アプローチしているんですけれども、最期も自分が診るんだっていうところまでの残念ながら人間味まで見せてるのは、ちょっとまだ。

そういう意味ではまだ力不足の面がありますけど、できたら、そういうふうになっていただきたいなと。こちらも指導を努めていかなきゃいけないかなと。

以前は、研修医が退院後訪問とか、自宅に行ったりしてたんですよね。
ただ、すごく看護師さんとか、医師も忙しくなってきて、外に飛び出して、退院なさった患者さんがどうかなど、まだ行けていないところはありますよ。

自宅を見に行くと、新しい発見があったり、ここら辺で困ってたり、こういう生活をしているのかっていうところが見えてくることがあります。そこまで持っていけたらいいかなと思うんですけれどもね。
入院中に退院前リハビリっていうことでは行くことがあります。退院なさって、その後にというのはないですけどね。

――ちょっと、話が変わるところがあるんですが、先生個人でも結構ですし、指導医の立場でも結構なんですけれども、これからの目標とか、夢っていうのは何かありますか。

佐田:それは大きなあれになりましたね(笑)

――ですね(笑)大きな話で。もう10年スパンでも、20年スパンでも結構なんですけど。

佐田:基本的に大牟田地区もやっぱり高齢者がまだふえていくと思うんですよね。人口自体は減っているんですけど、ただ、そこを支える医師がやっぱり少ないんですよ。地域に根差してるっていうことで。やっぱりこの地域に根差して、できればこの地域の人々を自分がより支えていくんだみたいな医師が増えてきたらいいなと思いますけれどもね。
ただ、そう言ってしますと、ここに最終的に残らないと来ない研修医の先生がふえてくると困るので、そこら辺はちょっと書くのはどうかなと思いますけれども。夢的にはその流れですね。

だから、大牟田地区だけじゃなくても、地域の人を支える医師の数が増えればいいかなと。

――それをするには、かなり国の法律や政策援助の部分から変えていかないといけないとは思うんですが。

佐田:今の研修は、救急医療なら救急医療という方がやっぱり多いし、あえて言うならば、やっぱり休める環境があるかどうかっていうのは、結構大きいみたいですね。自分の代わりがいるかどうかとか、休みたいときに休めるかどうかとか。そういう意味では政策とかにもよるかもしれないですけれども、あんまり医師不足のところに行って研修しようという意識はあんまりない人たちも多いですからね。

――なるほど。

佐田:技術研修、知識研修。だから、1~2年目はそういう形でしょうがないのかなと思うし、それでいいかもしれないですけど。でも、将来的にはやっぱり地域を支える医師とか、そういう気持ちを持てるような医師になっていただきたなとは思いますけれども。
都市部で研修したとしてもね。そういう意味で言うと、政策的な何かいるのかもしれませんけれどもね。

――最後の質問になるんでが、これから医師を目指すような方に対して何かアドバイスをいただきたいと思います。

佐田:やっぱり自分の好きなことをやっぱり目指してやるっていうのは大事かなと思いますね。やりたいこと、実現したいことをしっかり目標に置いて、それに向かってしっかり取り組むというか、あきらめずにやるということが一番大事かなと。
やっぱりやりたいことだとか、思いがあるところじゃないと続かないし。
ただ、その先に先端医療だけに顔を向けず、もちろんそういうお医者さんも必要なんですけど、医師不足のところで、そういうところでも働きたいと思えるような環境とか、市場を僕らがまた呼びかけとか、一緒にやりましょうとか、そういう医療もあるんだみたいなところに思いをはせてくれればいいかなと思います。