研修医:領家

3年目になってようやく

──ちょっと質問を変えてみたいのですが、領家先生は東京の出身で、大学で長崎にやってこられて、長崎での生活はいかがですか。楽しまれてますか?

領家:学生時代からもう長崎に住んでいるので、そういうことでは、もう10年ぐらいいますし、東京出身っていうこともあって、東京にいたらなかなかないような環境で、海が近くにあったりとか。そういうところはすごく楽しんでるかな。

──なるほど。いま、研修されていて、いろんな悩みもあれば、ストレスを感じることとかもあるかと思うんでが、そういうときの気分転換はどうされていますか?

領家:そうですね。同期の医者の影響もあって、最近、ちょっとマラソンをしてまして。実は今週末、五島列島のほうで夕焼けハーフマラソンっていうのがあるんですが それに出るっていうことで、看護師さんたちと一緒に五島まで行って、ちょっと五島牛を食べようみたいな、そういう話をしてて(笑)私自身、走り得意じゃないので、息抜きになってるか分からないですけど(笑)ただ、そうやって運動したりとか、体動かしたりとか、息抜きっていうのが初期研修のうちはうまくできていなかったんですけど、3年目になって、ようやくそのあたりの切り替えが少しずつうまくできてきましたね。

民医連の病院だからこそ─

──民医連での研修の中で特徴的なことのひとつに、例えば、患者さんと直接より密接に触れ合う機会や患者さんでつくる友の会の方々との交流があるかと思いますが、そのような活動などについては、どういうふうに感じられてますでしょうか。

領家:そこはやっぱり、ほかの病院との大きな違いかなっていうふうに思うんですよね。うちの病院であれば、やっぱり友の会の皆さんがいて、その方たちの支えがあって、ある意味成り立っているので。まず、その地域の声を聞くっていうのは、その友の会の皆さんからの声を聞くっていうところがより近いし、ダイレクトに地域の声を聞ける機会だと思っています。初期研修のうちにも、結構そういう交流を持てて、班会とか、懇話会みたいなのがあるんですけど、健康についての話をしに行ったりとか、熱中症や食中毒とか、そういう話を出向いて行ってしたんですけど、そういう経験はやっぱりすごく貴重だったなっていうふうに感じてます。

──長崎ではいまだに被ばく患者の方が多くいらっしゃるということを聞きましたが、長崎で医師をやられてるからこそ、平和の問題など感じられている部分はあるでしょうか。

領家:本当に他県では考えられないぐらいに被ばく者の方の割合ってものすごく高くて。70代以上の方々であれば、もう大半が被ばく者の方って言っても過言じゃないぐらいなんですよね。私がこちら(長崎)で就職を決めた一つの原因としては、やっぱり被ばく医療に携わっていきたいっていうのがあって。いまもまた、原発のことで少しクローズアップされてますけど、内部被ばくのこととかは、まだまだ分かってない部分だとか、きちんと解明されてない部分っていうのは大きいじゃないですか。ただそれを科学的に解明できないっていうことではなくって、実際、そういう被害を受けた人たちがどういう人生を歩んできてるのかとか、例えば、多重がんが多いとかっていうふうに今言われてますけど、そういうのが実際にどうなのかっていうのは、やっぱり、直接その患者さんを診てる私たちにしか分からないところかなとは思うので、臨床医の立場として、そういう患者さんたちに寄り添って、被ばく地の、民医連の病院でしかできない役割ってすごく大きいのかなっていうふうには思うんですね。

──最後の質問になりますが、これから医師を目指す後輩の医学生の方や高校生にご自分の、体験や経験から、なにかアドバイスをするとしたらどういった言葉がありますか。

領家:大変な職業ではありますけど、やっぱり、すごくやりがいのある職業だなって思います。「大変だ、きついな」と思うこともありますけど、でも、やっぱりこれだけ人から感謝される職業っていうのもなかなかないのかなっていうふうに思いますし、医者になりたいっていう気持ちを持ち続けて、医者って一言で言ってもいろんな働き方とか、いろんな医者がいますので、そういうのに、たくさん触れてほしいなというふうに思いますね。