研修医:金城

──今、後期研修5年目ということですが、最初に沖縄協同病院、民医連での研修を始められたのかっていうきっかけを聞かせてもらいたいのですが。

「ヒトシ、楽しいよ。医者って」という先輩の言葉から

金城:そうですね。私の場合はですね、大学1年時に、知り合った4年生の先輩の方の影響が大きかったと考えています。で、その先輩はとても学生のときから明るくて、社交性があって、もうみんなからも好かれる人だったんですけど。でも、正直なところ、学生から社会人、医者になった時に、結構みんな疲れてる人が多かったんです。もう仕事も大変で、疲れたという……。で、「わあ、もうみんな働き始めたらもうこうなっちゃうのかな」って、不安がありました。ところがですね、この沖縄協同病院に来てる先輩2人がいたんですけれども、とても楽しそうに研修してたんですよ。「ヒトシ、楽しいよ、医者って」って。「最高だよ」って。「もうやりがいあるよ」って。生き生きしてたんですね。だから、あれ?ほかの病院の先生って結構みんな疲れて、いい意味でも悪い意味でも疲れてると思うんですけど、やっぱりこんなに生き生き、やっぱり仕事を楽しそうに充実してやってるっていうのは、とても魅力があって。地元の地域医療にも貢献できるということがあって沖縄協同病院へ来ました。

──なるほど。そもそも金城先生が医師になろうとしたきっかけっていうのは、どういったところからだったんですか。

金城:そうですね。自分の場合は、もう親の夢ですね。

──親の夢。

金城:はい。正直なところ、学生のころは自分の意思で医学部に来たと思ってたんですけど、今、振り返ったらば、やはり親の夢を、かなえ切れなかった夢を自分が叶えたかったのかなと思って。

──それは、いつごろから?

金城:そうですね。もう中学校の時点ではいつかは医者になろうっていう思いがありましたね。結局、それは振り返ると親の影響だったんですけれども、結果的にはもうこの仕事は本当に最高だと。

──天職として感じられているというぐらいの?

金城:もうそうですね、はい(笑)